まぶたの裏に、夏の特別がある。風の古民家うえみなみレポ。
ふりあおいだ、入道雲。
リボンひらめく、麦わらぼうし。
そでの丸いワンピース。
しずむ夕陽をながめたテトラポッド。
神妙に手をつないだ、かえり道。
日焼けなんて、どうでもよかった。
花火なんて、なくてよかった。
金粉を散らしたようにはじける、早暁の小川。
首からさげた、ラジオ体操のスタンプカード。
縁側の風鈴からのびる短冊の、らくがきのようなクレヨン。
いつもように、はんぶんこにした缶ジュース。
夕まぐれ、立つ風にふいに鳥肌が立つ。
くらやみに浮かびあがる、夜店のリンゴ飴。
さそりの赤黒いアンタレス。
こぼした白に、けぶる天の川。
田畑はどこも暗く黙りこみ、夜天だけが豁然とあかるかった。
高々とくゆる、蚊とり線香。
天井には、だいだいいろの豆球がひとつ。
まぶたがとろけて、幕がおちるように眠った。
家のまえの渓流に、こまかいちりめん波が、風のとおり道にだけ立っている。
ふいに、心臓をひと突きするものがある。
予感だ。
すだれがゆれる。
暑さのさなかに立ちどまる赤とんぼに、夕暮れの風の涼しさに、近ごろ、入道雲をみなくなったことに。
秋の名をした使者は、素知らぬ顔でとなりに座っている。
夏のおわりが近づいてくる。
和歌山のみさと天文台にいってきた。
お宿は、天文台からほど近くの、築150年の古民家。
去年、その町ではじめての登録有形文化財に指定されたらしい。
きりもりしている女性の家主さんの、おばあさんの家だったという。
大阪の都会で育った彼女は、毎年夏になると、いとこたちとここに集ったという。
8月のまるまる1ヶ月。
いとこたちと川へ行き、山へ行き、人里離れた木こりの家で、めいっぱい遊んでくらしたらしい。
なんてめくるめく夏休みだったんだろう。
もう何世代もまえに、失われた夏の特別だった。
そんな思い出もなく、もうおとなになってしまったわたしたちも、ついた瞬間から歓声をあげまくった。
口々に言った。
「もう星が見えなくても、この宿の段階で満足」
お昼には、縁側のまえで、はんぶんに割った竹をつかって、流しそうめんをした。
生解説のプラネタリウムを見上げて、温泉にはいった。
お夕飯も、外にだした七輪で肉を焼いた。
おかずは野菜たっぷりでなにもかもがおいしくて、女主人とうちとけて話した。
眼前にせまる峰々に、透ける夕陽をみていた。
天文台の大型望遠鏡で、土星の輪っかをみた。
夜には、ウッドデッキにシートをしいて、寝ころがって天上を見上げた。
このあたりにはこの一軒しかない。
闇がこめていた。
ペルセウス座流星群の日だった。
この町は、環境庁の、日本有数の星のきれいな町に選ばれている。
あたたかくくるまりながら、星を見あげていた。
双眼鏡をまわし見ながら、話しているうちに、だんだんひとりずつ寝落ちていく。
雲の流れをのんびりと追った。
15年ぶりの大接近の火星は、赤々と、あきらかに異質な輝きをしていた。
生き残った3人で、流れ星を待つ。
スマホアプリを夜天にだぶらせて、星座をさがした。
3時間、いや、4時間たっている。
星空ながめて4時間なんて、そんな贅沢な時間の使いかたは、まずない。
双眼鏡をかかげていたひとりが、スバルを見つけた。
騒然となった。
寝落ちていたふたりをたたき起こし、双眼鏡をまわす。
夏なのに!
冬のスバル!
おとなになってしまったあなたにも、特別な夏の一日を。
▼お宿はこちら。風の古民家うえみなみさん。