ふみのや ときわ堂

季感と哀歓、歴史と名残りの雑記帳

アンコールワット記6:油断ならないアプサラダンスの舞姫と、プリンスダンコールの歌姫。

眼前で、蠱惑しながらそそのかす舞踏が、くりひろげられている。
妖艶か、古拙かといえば、まちがいなく妖しい。
誘って、まどわせて、くるわせて、堕落させる。
むかしの舞姫は、神につかえて清浄たるか、王につかえて接待を担うか、神につかえて清浄たるふうを装いながら、献上されるかの3つにわかれる。
そのなかでは、あきらかに、王につかえて、外交を担っているような気がする、婀娜っぽさ。
露出がすごい。

▼レストラン、AMAZON ANGKOR。突然のアマゾン。

 

夕食会場は、ビュッフェをしながら、クメール伝統のおどりをみるレストランだった。
だいたいアジアにいくと、つれていかれる伝統舞踊。
いちどきにならべて見るだけで、文化のつながりがわかる気がする。
それぞれ、どこかに似ている気がする。
どこだろう。
そういえば、日本にきた外国人は、日舞のプログラムが組まれてるんだろうか。
そしてそれは、どのくらい外国人うけをねらい、どのくらい本物なんだろう。


寿司のようにぎっしりと観光客がならぶ。
舞台のまえに、きわめて細長いテーブルが、ずらりと並んでいる。
「最後の晩餐」テーブルを、ずっと長くしたものが、舞台と垂直においてある。
切れ目がない。
「舞台に近い前方席をご用意」とわざわざパンフレットに書いてあったが、ほんとうに前のほうだった。
ビュッフェをとりにいくのに、切れ目のないテーブル沿いをあるく。
いろんなひとと目があう。
ふだんはロンリーなプライベートツアー状態なので、ひさびさに日本語が聞こえる。
自分たち以外の日本人をひさびさにみかけた。
服装がとてもジャパニーズ。
あ、なんだか懐かしい。
まだ2日目だけど。


アンコール王朝が華やかなりしころ、宮廷文化も栄えた。
30年間かけてつくられたアンコールワットには、舞姫のおどりが多数、刻まれている。
アプサラス、水の精霊。そのダンスで、アプサラダンス。
文化におかねがあるとき、特に王族貴族に注がれているとき、おどりはいっそう妖艶になる、気がする。
魅惑して蠱惑してそそのかす。
あまり激しくはない。
とんだりはねたりするような、キャッチ―な動きはほとんどない。
ストーリー性はあるけれど、山場の押しがさほどつよくない。
キメのポーズも、観客をどよめかせるようなものではない。

それでも、おだやかというよりは、手まねきするようで、ぬくもりというよりは、油断ならない。
たぶん特色は、手首から上のうごき。
くねり、しなり、ひるがえる。
どこかでみたことがある。
ヘビか。
そういえば、シヴァ神は首からコブラをさげている。
物騒である。
土着の宗教との習合の結果だろうか。
この土地によくヘビがでるのだろうか。
それとも、ヒンドゥーの発祥の地のほうか。
いやそれでも、この地で神聖視されていないと、むつかしくはないか。
帝釈天は象にのっているが、仏教が伝来したあと、象が渡来するまでかなり間があったから、いなくても信仰されうるのか。

 

爬虫類のような動きを神聖視する、というのは、なかなかピンとこない。
日本にも白蛇信仰はあるが、ヤマタノオロチは敵である。
キリスト教やイスラム教では、悪魔の化身になる。
あのうねうねは油断ならず、のっぴきならない気がして、全力で受容できないここちがする。
うまれたときからこの国にいると、感覚が違うんだろうか。
そのあたり、ガイドさんに尋ねたら、「こわいとは思わない」と返ってきた。
苛烈な熱帯気候がそうさせるのか。

▲プリンス・ダンコールのロビー

 

ホテルにもどると、ロビーで、歌手らしき女性が歌っていた。そのままロビーのソファに身をしずめた。
つかれてはいたけれど、この歌声に身をひたしておきたかった。
歌声は、西洋風だった。
旋律も、すこしまえの欧米のメロディに似ていたので、英語かと、しばし耳を澄ませた。
言葉はわからなかった。カンボジアのことばだろう。
グランドピアノを奏でる、男性のコーラスが美しい。
欧米のヒットナンバーを、こちらのことばになおしたように聞こえる。
ビブラートもファルセットもフェイクも、とても耳慣れたものだった。
歌姫のほうをながめていると、ウインクが返ってきた。
フロントの正面には、現カンボジア国王と、その先代夫妻の写真が、堂々とかかげてあった。
王家の写真をディスプレイすることは、義務らしい。
コンサートも、調度も、完全にウエスタンのロビーで、そこだけが、いつかの残り香を感じさせた。


ところで、泊まったホテルはここです。

【H.I.S.】プリンス ダンコール ホテル & スパのホテル詳細ページ|海外ホテル予約
プリンス・ダンコール。
これからいく人たちのために、なにか有益な情報を書きたいところなんだけど、母曰く「上中下とあるなかの、まんなかのホテルにしといた」らしいので、あまりよく知らない。
ふつうにお湯がでて、バスタブの栓も無事で、お湯がためられて、翌日にはタオルもクリーンにかえられていて、チップも特にいらなかった。
アニメティは、充実してもいないけれど、あることはある。
馬力はちいさいけれど、ドライヤーもある。
旧型だけれど、ポットもあった。
持参したティーバッグで緑茶をのんだ。
ホテルのWiFiも、パスワードを書いた紙が客室にあって、問題なく利用できた。
テレビでは、なぜかNHKが見れた。
東南アジアでは、見られるところが多いらしい。
大河ドラマの西郷どんの第1回目放送が流れていた。
録画ではなく、まさにいま、日本で流れている時間だった。
カンボジアに旅立ちながら、幕末の日本へ旅立つ。
自分のなかの時空軸がみだれている。