ふみのや ときわ堂

季感と哀歓、歴史と名残りの雑記帳

朱いろの小袖から、まっしろな手首がのぞいている。

手がみえる。
朱いろの小袖から、まっしろな手首がのぞいている。
手は、本をならびかえている。
島田に結いあげた髪がみどりに光り、眉じりがきりりとあがっている。
本棚のまえに、女が立っている。
二本のはずなのに、あんまり忙しげに手が動くから、千手観音のようにみえる。
女はせっせと本棚の本を、入れかえている。
唐突にふりかえった。
美貌である。目もとが、殊更あざやかだった。
あんた、とんだ散らかしっぷりだね。
しっかりしたようで、世話のかかる子だよ。
しゃんとしなよ、しゃんと。
ほら、こうじ果てるまえに、あたしを呼ぶんだよ。
ばかをお言いでないよ。
いいね、わかったかい。

口をはさむ間もない。
なにもいわないのに、見知らぬだれかがやってきて、かたづけて去ってゆく。
日常の些事を、言語化待ちの行列を、ぼうっと燃やして去ってゆく。
一掃して去ってゆく。
ちなみに今回、江戸時代のおねえさんがあらわれたのは、この本を読んでいるためである。

わたしが積年の本好きなのは、この見知らぬだれかの来訪があるからである。
彼らは明確に、おとなう。
平然とやってくる。
仕損じることもない。
あんたどうしたの、あたしが代わりにやってあげるよ。
なにぐずぐずしてるんだい。
さあ、げんきおだしよ。
あたしがついてるからさ。

 

あやかし草紙 三島屋変調百物語伍之続