ふみのや ときわ堂

季感と哀歓、歴史と名残りの雑記帳

しずんだ甘すぎるチョコレートと、記憶のアメリカンドラム缶

歩いても歩いても、たどりつかない。
英語に飽和して、わたしのあたまは、もうなにも溶けない。
となりの姉は、読んだ地図どおりにいかなくて、自信をくだかれている。
ふたりで、ことば少なに、サンフランシスコをあるく。
もとは車社会なのだ。
歩いているひとなんて、ほんとうに見ない。
歩道なのかもわからない。この異国で。
スマホのGPSもうまく機能していない。
じっとみていると、いつのまにかワープしている。
信じてたのに。

飛行機と宿だけとって、姉とふたりで西海岸にきていた。
なにを思ったのか、どこにそんな自信があったのか、個人旅行だった。
それくらいの英語力があると、誤信していたのだろう。
体力を算段にいれていなかった。
思った以上になまりがきつく、早口で、あたまの上から、シャワーをあびせられながら、歩いているようだった。
髪もぐっしょり、肩口までぬれていて、したたりおちる水をぬぐわないと、眼に入ってしまう。
もう入ってしまっている。
なのに、眼そのものは、乾燥していて、あかく血管がういている。
言語を分解する、あたまのどこかの機能は、エラーランプが点滅している。

きのうの夜は、宿の近くで、ピザを買った。
あんまり疲れていたから、ベッドに倒れこみ、食べるころには冷えていた。
これぞ本場の、冷めたピザ。
小渕首相は、こんな味だったか。
はじめて報道で聞いたとき、だれかに聞いたのだった。ねえ、どういう意味?
いまなら、しみじみとよくわかる。
まずい。

あるいた先に、ようやっと行き着いた、ギラデリのファクトリー。
サンフランシスコで名の知れた、チョコレート工場である。
工場の見学ができるとガイドブックで読んだから、わざわざ向かったのに、もう見学なんてどうでもいい。
見学したいと伝えるほどには、折れたこころの修復は、間にあわなかった。
チョコレートだけ、あがなった。
パッケージは青く輝き、チョコは焼けつくように甘かった。

2日後。
日程をおえて、みたかんじは無事なままで、サンフランシスコ国際空港にたどりついた。
そこには、青く輝く、見覚えのあるパッケージ。
そうか、そうだよね。
名産品だから、そりゃ空港で買えるだろう。
ふたりで、てくてく歩いたあれは、いったいなんだったんだろう。
無力感は、やるかたなかった。
大学生の、なけなしの自尊心は、風のごとく沮喪していった。
10年後、流暢な語学力をもって再訪しよう。
それが雪辱だ。
そう思った。

 

そして10年後、姉が、アメリカみやげを寄こしてきた。
ハッとした。
不自然なほどに、青く輝くこのパッケージ。
一瞬で、記憶がかけめぐる。
にがにがしい、思い出の品だった。

なのに、姉は何ひとつおぼえていなかった。
冷めたピザを口に押しこみ、よろよろとスーツケースをひきずった。
そのなかで、てらてらと青く輝いてた、このパッケージを忘れるとは。

そうやって人は、にがい思い出を、葬っていくんだ。
なにもかもが、うまくいったような、横顔をして。
人生なんの失敗もしたことがないように、無垢な顔をして。
なかったことにされた思い出たちは、ドラム缶に密封されて、海の深くに沈んでいる。

とりいそぎ、姉のアメリカ缶は、折を見て、墓をあばいてさしあげようとこころに決めた。
ちなみにわたしの英語力は、そのときから一歩も進化していません。


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