ふみのや ときわ堂

季感と哀歓、歴史と名残りの雑記帳

シンデレラタイムをすぎてから使う魔法について

わたしたちが幼かったころ、祖父母はすぐ、あがなおうとした。
じっと見つめていたり、興味をもったものがあれば、すかさず言った。
「ほしいんか」
甘い声だった。
あわてて首をふる。
もの欲しげだったのかと、恥ずかしかった。
そんな卑しさを、だしてはいけない。
ものをほしがるのは、下の下だ。
そう思っていた。


祖父母は、どこかに連れていってくれるたびに、かならずなにかを買ってくれようとした。
おみやげを持ちかえらせないといけないと、思い決めていたかのようだった。
中学生のころ、デパートを祖母とあるいていたとき、流行りの映画のDVDが売られていた。
おどろいて足をとめて、この映画が好きだと嬉々として語ったら、祖母は無言で、かばんを漁った。
サイフがでてきた。
あわてて断った。
そのあと、デパートをでるまで、何回もたずねられた。
ほんとうにいらないのかと。
買ってもらったことがきょうだいに知れると、まずい。
それを言ったら、「だまっとけばええ」と、強くいう。
すこし不機嫌にもみえた。
どうしても購いたいらしい。
だまっていても、家でDVDをみていると、すぐみんなにばれる。
そう言うと、わかれぎわに、そのDVD代と同額をくれた。
「ちょっとずつつかったら、バレへんやろ」
5000円だった。
大金だった。


中学生になっていても、わたしはまだわからなかった。
たいしてほしくないものまで、なんでもかんでも買ってくれようとする。「どうや」といってくる。
あの、なんともいえない表情。
ほほえんでいるけれど、押しは弱そうで、こちらに選択肢をくれているようで、頑として自分のサイフをにぎっている。
ここから拠出したいという、決意の強さが浮いている。


このひとたちは、自分のサイフを、なんでこんなにかんたんに削るんだろう。
おかねはタダじゃないのに。
いまなら、わかる。
長じて、おとなになり、わたしは、めいっこに貢ぎものをする身分になった。
あきれるほど自明だった。
いまさら問うまでもない。
おとなにとっては些末な価額で、こどもは狂喜乱舞する。
文字どおり小躍りする。
よろこんでもらえるだけで、ひとはうれしいものだろう。
こんなたやすいことで、笑顔をみれるなら、じぶんもうれしい。


血脈につらなるものであれば、さらに追加がある。
じぶんに似た顔をして、じぶんに似た性格のちびが、欣喜雀躍している。
重なってみえるのだ。
自分自身のすがたに。
はっとした。
この子は、わたしかもしれない。
おさなかったわたしかもしれない。
と、同時に悟った。
祖父母は、おさな子に買い与えることで、自分が与えられなかった過去を、癒していたのかもしれない。
ほしがることもできなかった、戦時中の自分に与えているのだ。
戦時にささげられてしまった、自らの青春に。
花のさかりのはずであった、春を思った季節たちに。


ところで、戦時中でもないうまれのわたしにも、果たせなかったことがある。
おさないころわたしは、どちらかというと、少年だった。
かわいらしさを、持ちあわせていなかった。
その欲求はたえることなく、満たされることなく、おとなになるまで持ちこされた。


めいっこたちが、夢の国にいくというので、シンデレラのドレスを送りつけた。
あの国は、こどもだったら年中、コスプレができる。
姫や王子に着飾ったちびっこたちが、道ゆくひとたちに、笑顔で褒められている。
知らないひとたちに、かわいがられる。
パークをあるいているあいだは、正真正銘の姫でいられる。
ちびっこには、そういう思い出が必要だと思う。
こどもがこどもだというだけで、ふりそそがれる体験が。
無条件にうけられる、慈雨が。


ドレスは、めいっこに、とてもよろこばれた。
こぼれんばかりの笑顔で、写真におさまっている。
それをながめるのが、うれしくてたまらない。
シンデレラにドレスを送ったわたしこそが、実は魔法使いだったんじゃないか。
おとなとは、財力という魔法がつかえる生きものである。
彼女は、保育園から帰ったら、毎日ドレスに着がえているらしい。
エブリディプリンセス。
毎日がお姫さま。
保育園からかえったら、彼女に魔法がかかるのだ。


姫ぎみにはティアラがいるだろうと、また送った。
こんどは、週末の外出でつけはじめた。
写真をみたら、ワンピースにティアラをのっけている。
王冠を、ふだんづかいにするとは。
イギリス王室ですら、礼装用なのに。


王族グッズの顧客満足度がすぐれていたので、つぎはどのプリンセスにするかと、通販サイトをめぐりはじめた。
めいっこに、どの姫が好きかヒアリングする。
彼女は満面の笑みで答える。
「オラフ!」
それは雪だるまだ。


ほかに興味をうつしている彼女に、しつこく問いかける。
てきとうにあげているような気軽さで、答えがかえってくる。
「ベル!」
美女と野獣。よし、プリンセス。
ぐぐってみる。
うーん。
美女と野獣はすてきな物語だけれど、イエローのドレスはなかなかテカる。
肌うつりも、微妙にむつかしい気がする。
白磁の肌と、栗色の髪の対比がめざましく、おおきな栗の瞳が、星をうかべたようにまたたかないと、いけない気がする。
うん、却下。
本人の意向を、遠慮なく無視する。


姉に相談をもちかけた。
「ピーターパンとか好きだよ」
なるほど。夢のある選択だ。
再び、ぐぐる。
うーん。
ティンカーベルは、妖精の粉をふりまきながら飛ぶ。
ふるえるようにはためく、虹の羽も美しい。
でも、緑なのである。
グリーンのドレスは、蛍光色のようになってしまう。
しかも、妖精なだけあって、花びらをひっくりかえしたようなスカートになっている。
ちょっとボロっぽい。


ひとしきり吟味した。
うん、やはり、白雪姫がいい。
独断。ご要望に、おこたえしていない。
顧客満足度とはなんだったのか。
そんなものである。


白雪姫はいい。
ドレスだけですぐだれかわかるキャッチーさ。
白雪も黒髪なので、日本人幼女には、ちょうどいい。
りんごのほっぺの幼児が、フェイクりんごを持つと、きっとかわいい。
嬉々として毒りんごをもって歩く、こどもの無垢さ。
自分を仮死状態にさせる、毒だとも知らずに。
継母に愛されず、あろうことか暗殺されようとしているにもかかわらず。
まっかなリンゴを、無邪気にもちあるく、まっかで健康なくちもと。
すばらしい。
買って送っていいかと聞いたら、姉に止められた。
「まだシンデレラに夢中だから」


もはや、無条件にうけられる慈雨どころじゃない。
財力という魔法をもったおとなは、雲の上に顔をだして、じぶんの好きな紙ふぶきを、手でふらせている。
紙ふぶきはもちろん手づくりである。
リカちゃん人形のドレスセットを、いまごろ買っているだけのような気がしてきた。
でもいいのだ。
いいということにする。
祖父母だって、どうでもいいものまで、くれたじゃないか。
時勢をこえて、世代をこえて、脈々とつながっていくものが、きっとある。
果たせなかった思いは、継承されてゆくのだ。


おとぎ話のドレスは、生活必需品ではない。
保育園にも着ていけない。
安っぽいドレスなんて、なんの役にも立たない。
だから、あげたい。
ただほしいだけのものをくれるひととして、覚えられたい。
そういうひとが、彼女の人生にひとりいたことを、覚えておいてほしい。
毎日がお姫さまだったことを、忘れないでいてほしい。
彼女の魔法が、解けてしまった、そのあとでも。

 

ディズニー (Disney) 塔の上のラプンツェル ラプンツェル ティアラ コスプレ 2018Aut. 子供用 [並行輸入品]

▲公式のティアラ、ラプンツェルがいちばんかわいい。