ふみのや ときわ堂

季感と哀歓、歴史と名残りの雑記帳

取引先が夜逃げをした。

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どうやら逃げたらしい、と、電話口がいった。

びっくりして聞き返した。

逃げたって?

2日に1回、うちの会社にきていた取引先さんが、行方不明になった。どの電話にかけても「現在使われておりません」になる。同業他社さんに聞くと、どうやら破綻したらしい。

 

いまから思えば、予兆はあった。

ここ2週間くらい、連絡なくこないことがあった。そんなことは、いままで一度だってなかった。かならず、つぎに来る日をつたえてから帰ったのだ。

 ちょっとね、入札で東京にいってきます。行ってとれなかったらと思うんですけれど。とれるといいですねえ。

 あ、次回なんですけれど、一日失礼させていただきます。北海道まで旅行に。ええ、プライベートで、スノーボードを。バターサンド買ってきますね。数がないのでここだけで。ワイロですよ。いつもお世話になっています。

 

あんなにこころを配るひとが、電話1本もなかったから、おかしいねといっていたんだった。でもご体調がわるいときがあったから、つっこんでだれも聞けなかった。大丈夫ですかときいたら、「ちょっとね、たいへんなんです」と返ってきた。大変なのは、なにが?

 

なぜ、先週、いつもと違う日にきたのか。うちにはその曜日にしかこないスタッフがいて、めずらしいですねと笑っていった。

なぜ、あの日、わざわざ声をかけてきたのか。いつもはメールで済ませることを。あのとき、さいごになんていった? ありがとうございますといっていなかったか? いつものルーティンなのにと思わなかったか?

 

そうだ。思い出した。正面から目を見て、「いつもお世話になってます」といったんだった。つかれているときは、目を細めて表情を読ませないようにしたり、あたまを何度もさげながらドアからするりと出たりするのに、ひたと目を見てきたんだった。真正面から、ふくみなく真摯に笑ったんだった。だから、ていねいだなあと思ったんだ。

 

あれは、さいごのあいさつだったのかもしれない。

そうか、もう会えないのか。こういう別れもあるのか。なんてあっけない。

 

そう、なぜだか最近、急激に発注が減っていた。たのんでも見積もりしかこなかった。見積もりもとても遅かった。発注がとまっているようだった。まわらなくなっていたのか、迷惑をかけないようにとめていたのか。今となってはわからない。

 

わたしに届いたさいごのメールは、朝4時のタイムスタンプがついていた。月のルーティンで、請求書の参考文書をつけてくれていたのだった。このときは、もはや、お金を回収する気はなかっただろうに。

 

1年前、うちの上司が、くも膜下出血で帰らぬ人になった。突然のことだった。お葬儀で、まっかに目をはらした人がいた。色黒なのに、目ばかりが、うさぎのように赤かった。席にもつかず、うしろの幕のあたりで、大きい体を縮めている。

とても目立った。大のおとなが号泣している。働きざかりの男の人が、言い訳できないくらいに泣きはらしている。

この人だった。

お葬儀でいちばん泣いていたのは、となりの席だったアルバイトの女の子と、そのひとだった。

 

わかれは唐突に、そうと知ってふりかえったら、もう後塵しかない。風がふいたとふりかえったら、かげもみえない。