ふみのや ときわ堂

季感と哀歓、歴史と名残りの雑記帳

あたたかなまなざし、とうめいな冷厳さ、ひとしずくの狂おしい哀惜

ところで、この思想家、ものすごく好きです。


この方の、『逝きし世の面影』。
文面からただよいでる、人間へのあたたかなまなざし、とうめいな冷厳さ、ひとしずくの狂おしい哀惜。
1行読むたびに、胸がつまって、ひと息おきたくなる。
ミネラルウォーターを流しこまれるように、さらさら読める。
なのに、その水が、胸のあたりで色づき、波打ち、染めいる。
くるしくなって、ほっと、ためいきをつく。
泣ける話ではぜんぜんなく、ものがたりですらない。
評論。まぎれもなく評論。
でも最初の1ページ目から、ずっとずっと、うっすら泣きながら読んだ。
まなじりをおさえ、おでこをもたせかけ、電車でしくしく泣いた。
上のヤフー特集の筆者のことばが感覚にあうようなら、ぜひに。
『逝きし世の面影』、おすすめです。

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)

 

カザフの英雄は、無選別に旅立った。

カザフの英雄が世を去った。
ちょうど一年前。
デニス・テン。世界的なフィギュアスケーター、享年25才。
車のミラーをぬすむという、ちゃちな犯罪者に刺された。
犯罪者にとっては、ミラーがあればよかったのだ。
デニス・テンであることを、おそらく知らなかった。
彼はカザフにはじめてのメダルをもたらしただけでなく、政治的でもあった。
カザフに外貨をもたらすような活動を、現役でありながら、すでにはじめていた。

どうして彼だったのか。
彼でなくとも……彼でなくとも。
では、ほかのだれかだったらよかったのか。そういうわけじゃない。
それでも、どうして、あんな偉人を。
若くして祖国を背負った彼を、若人が背負わざるをえない国を。
どうして潰えるようなことを。

そんな考えはぜんぶ、詮無いことだ。
どんなに有望であろうと、どれほど無為であろうと、呼ばれるときには召されるのだ。
選別なんてされていない。
無作為によばれるのだ。よばれたら歩みだすしかない。黄泉地を。

なにかを想起させるなあと思ったら、バロン西だった。
硫黄島に散った、ロサンゼルスオリンピック金メダリスト。
西竹一。華族の出である。
愛馬とともにうつる写真がのこっている。
ほほえみはやわらかい。
ほがらかで人好きのする、好人物に描かれていることが多い。

「硫黄島からの手紙」で伊原剛志が演じたバロン西も、そうだった。
育ちがいい者特有の、無邪気にもみえる、てらいのない笑顔。
拒まれることがなかったかのような、拒まれることなんて、みじんも想像したことがないかのような、くったくのない笑顔。
馬上でほほえむすがたは、いっそ浮世離れしていた。
バロン(男爵)の名は、西洋社交界で人気を博したことを意味する。
この時代、そういった人物は限られる。

どうして華族のかれが、国威発揚に利用できるはずのメダリストが、あんな激戦地に送られたのかは、なんらかの意図を感じないではいられないものの、はたして彼は、硫黄島の土塊に帰した。
才能は、土あくたにまみれた。
もうない。

この時代、若い才能が、夢うつつと消えた。
そのうちのひとつなんだろう。
あまたのひとが、あまた呪っただろう、悔いただろう。
それでも思わざるをえない。どうして彼を。
歴史がすでに見いだしていた彼を、どうして。

そういえば、司馬遼太郎が書いていた。
幕末期、鋭であり敏である者から、旅立っていった。
明治まで生き残ったのは、鈍であったものばかりだ。
はなむけにはたりえないながらも、そう思うほかないだろうか。

硫黄島からの手紙(字幕版)

▲渡辺謙が、てがみを読む声が、とても慈しみにみちていることだけが救い。

人生名シーン回想モード

風邪をひいているので、さしいれにオロナミンCをもらった。
あたまが煮沸されていて、オフィスワーカー系の海外ドラマかと思った。

 

ハーーイ!なあに、あなた朝から、この世のおわりみたいな顔してるの!
(指先でつまんだオロナミンCを置く)
あいかわらず、つまんない案件かかえてるわね!
このシーン、とばしたらどう?
だれかが、代わりにやってくれるわよ。
名シーン回想モードに切り替えましょうか。
あたし、人生つまんないとき、いつもそうしてるわよ。
勝手に替えるわね。
あなたのリモコン、どこかしら?
(クッキーを置く)
(首をかしげてウインク)


海外ドラマ見たくなった。
アリーマクビールとフレンズとロズウェルはDVDそろってた。
デスパはこころがささくれだって挫折。最近のドラマ見たい。
フレンズのような、たのしいだけで考えさせられないドラマないかなぁ。

 

▼ゆるゆるゆるゆるしてるのが好きだったフレンズ。

フレンズ シーズン1-10 コンプリート [Import] 英語版 リュージョン2 PAL(PAL方式 再生環境をご確認下さい。)

まぶたの裏に、夏の特別がある。風の古民家うえみなみレポ。

ふりあおいだ、入道雲。
リボンひらめく、麦わらぼうし。
そでの丸いワンピース。
しずむ夕陽をながめたテトラポッド。
神妙に手をつないだ、かえり道。
日焼けなんて、どうでもよかった。
花火なんて、なくてよかった。

金粉を散らしたようにはじける、早暁の小川。
首からさげた、ラジオ体操のスタンプカード。
縁側の風鈴からのびる短冊の、らくがきのようなクレヨン。
いつもように、はんぶんこにした缶ジュース。
夕まぐれ、立つ風にふいに鳥肌が立つ。
くらやみに浮かびあがる、夜店のリンゴ飴。

さそりの赤黒いアンタレス。
こぼした白に、けぶる天の川。
田畑はどこも暗く黙りこみ、夜天だけが豁然とあかるかった。
高々とくゆる、蚊とり線香。
天井には、だいだいいろの豆球がひとつ。
まぶたがとろけて、幕がおちるように眠った。

家のまえの渓流に、こまかいちりめん波が、風のとおり道にだけ立っている。
ふいに、心臓をひと突きするものがある。
予感だ。
すだれがゆれる。
暑さのさなかに立ちどまる赤とんぼに、夕暮れの風の涼しさに、近ごろ、入道雲をみなくなったことに。
秋の名をした使者は、素知らぬ顔でとなりに座っている。
夏のおわりが近づいてくる。


和歌山のみさと天文台にいってきた。
お宿は、天文台からほど近くの、築150年の古民家。
去年、その町ではじめての登録有形文化財に指定されたらしい。
きりもりしている女性の家主さんの、おばあさんの家だったという。
大阪の都会で育った彼女は、毎年夏になると、いとこたちとここに集ったという。
8月のまるまる1ヶ月。
いとこたちと川へ行き、山へ行き、人里離れた木こりの家で、めいっぱい遊んでくらしたらしい。
なんてめくるめく夏休みだったんだろう。
もう何世代もまえに、失われた夏の特別だった。

そんな思い出もなく、もうおとなになってしまったわたしたちも、ついた瞬間から歓声をあげまくった。
口々に言った。
「もう星が見えなくても、この宿の段階で満足」

お昼には、縁側のまえで、はんぶんに割った竹をつかって、流しそうめんをした。
生解説のプラネタリウムを見上げて、温泉にはいった。
お夕飯も、外にだした七輪で肉を焼いた。
おかずは野菜たっぷりでなにもかもがおいしくて、女主人とうちとけて話した。
眼前にせまる峰々に、透ける夕陽をみていた。
天文台の大型望遠鏡で、土星の輪っかをみた。
夜には、ウッドデッキにシートをしいて、寝ころがって天上を見上げた。
このあたりにはこの一軒しかない。
闇がこめていた。
ペルセウス座流星群の日だった。
この町は、環境庁の、日本有数の星のきれいな町に選ばれている。
あたたかくくるまりながら、星を見あげていた。
双眼鏡をまわし見ながら、話しているうちに、だんだんひとりずつ寝落ちていく。
雲の流れをのんびりと追った。
15年ぶりの大接近の火星は、赤々と、あきらかに異質な輝きをしていた。
生き残った3人で、流れ星を待つ。
スマホアプリを夜天にだぶらせて、星座をさがした。
3時間、いや、4時間たっている。
星空ながめて4時間なんて、そんな贅沢な時間の使いかたは、まずない。
双眼鏡をかかげていたひとりが、スバルを見つけた。
騒然となった。
寝落ちていたふたりをたたき起こし、双眼鏡をまわす。
夏なのに!
冬のスバル!

おとなになってしまったあなたにも、特別な夏の一日を。

 

▼お宿はこちら。風の古民家うえみなみさん。

ueminami.web.fc2.com

護衛官

ねむっているとお思いかと思います。
護衛しています。
けどられないようにです。
ゆだんしているようにみせています。
犬はすぐおきます。
犬は、人間を、まもってあげています。
肉をください。

(愛犬ホームズ著『犬のもたらす薔薇色の日々』より)

犬だって。

 

犬だって、いじけるとき、あります。
人間をからかうの、好きです。
茶々は、いれるほうです。
かまってもらうほうが、だいじです。
お相手されたいです。
でも犬だって、ふんわりされたいです。
ふんわりを、おねがいします。

 

(愛犬ホームズ著『犬のもたらす薔薇色の日々』より)

柿の春

 

犬は柿が好きです。
おいしいからです。
きくところによると、柿がもどってきたらしいです。
もうすぐ柿がたべられます。
たのしみです。

(愛犬ホームズ著『犬のもたらす薔薇色の日々』より)

意思

犬はふんばります。
いきたくないからです。
犬は、ちいさいので、人間にまけます。
ずりずりされます。
「ロック中のキャスターつきイス」だそうです。
そのうち、もちあげられました。
「さんぽの意味ない」
人間はいいます。
「ホームズ重い」
人間はいいます。

 

(愛犬ホームズ著『犬のもたらす薔薇色の日々』より)