このように死体を発見されたい。
大学図書館の、だれもいない地下の書庫の、古い本のかびくさい香りをかいだとき、「のたれ死ぬならここがいい」と雷撃のごとく思った。
乾いてひんやりした温度に、味気のない、はだかの蛍光灯。節電のためにあいだはぬけていて、うすよごれた殺風景なリノリウムを、ほの暗く点々と照らす。上も下の階も、だれもいない。
完璧な静寂!
おしだまった書庫と、私だけ。
響くパンプスの音。
倒れたらみつからないだろうな、まずいな、と思いながら、たおれた自分のからだのまわりに白いチョークがひかれ、手もとには読みかけの本…。
なんてすばらしいシチュエーション!
かわいて冷たいから、死亡推定時刻がわかりにくい!完璧!
ふたつめ。
永久凍土のアルプスから、少女のミイラが発見された。3000年前だという。14~16歳くらいか。祈るように、胸のまえで手を組んでいる。髪は、不可思議なかたちに編みあげてある。
死因は、窒息死。いけにえだった。
自然神に捧げられたのか、丁重に葬られていた。あたりからは、この1体しか見つからなかった。
みっつめ。
古くから、言い伝えがあった。この仏は、即身仏だ。なおざりにしてはいけない。
ときを経て、信仰もうすれた。二度の大戦のさなか、古文書も焼かれた。仏像だけは、疎開先からもどってきた。由緒書は、うしなわれた。口伝もない。学術的調査のために、X線を通すことになった。
疑いようがなく、人骨があった。
からだを折り、うずくまるように座る、僧侶の死のすがただった。御法のひかりがあまねく届くよう、死をもってこいねがう、とこしえの祈りのかたちだった。
よっつめ。
命からがら漂流して、流されついた無人島。ここはどこだろう。星座と羅針盤でよんでみたが、てんでわからない。舌打ち。どうやら地図にもない島のようだ。
ひとを襲う動物たちから、逃げまどううちに、ひとのいた気配を、ところどころに感じる。たき火をしたような、かこい。釣りができるような、張りだしたあと。
隠された高台に、ついに、小屋のようなものを見いだした。どうしよう。ごくりとのどを鳴らした。
生きたひとなのか、もはや亡いのか。
生きているのなら、敵か、味方か。行くべきか、とどまるべきか。
ひとへの慕情は、こらえがたかった。言葉がつたわらなくても、かまわない。たったひとりの人であることに、耐えられなかった。言葉なんてもう、忘れてしまいそうだ。声を発してさえいない。
マスケット銃は海の藻屑と消えたが、腰にはナイフをはいていた。鍔にまきつけた皮ひもにふれた。
ふいに、故郷にのこした家族が、胸にういた。まぶたをとじて、かきけした。
あけるんだ、あけるしかない。
ちょうつがいが、苦しげにうめいた。とびらが開いた。
息をはいた。
まなじりの横を、汗がながれた。
泣きたいのか、安堵なのか、わからなかった。
ひとめみて高価なガウンだった。ガイコツがイスに座していた。たかだかと羽根のついた帽子の下に、がらんどうの髑髏があった。羽振りがよかったのだろう。指輪がテーブルにころがっている。エメラルド、アメジスト、ジェイド、アゲート。東方か。交易の手広さがみてとれた。
賊か、商人か。エメラルドの指輪に、名前が彫ってある。かすれている。Jか。J…Jacqueline。女性名だ。
もう一度、息をはいた。
この絶無の孤島にあって、死のふちにあって、どうして、この衣をまとったのか。虚栄にみちた俗世の衣を。よくみると、ガウンには、腐食のむらさきがあった。
靴音が、大きく響いた。近づくと、手もとに航海日誌があった。日付がはいっている。1675年8月10日。10年前だった。
あ、ぜんぶ妄想です。
昔から、こういうハードカバーに憧れます。
書斎の壁一面は、天井までつづく本棚なのです。
kindleにたましいを売っぱらったので、かなわぬ夢と果てました。